フランケンシュタインの怪物創造とヘルメス思想
『フランケンシュタインの怪物』と「錬金術」とのつながりを探るためには、錬金術の大もととなった「ヘルメス思想」にまで遡って探索してみなければなりません。なぜかというと、錬金術とはヘルメス思想を実践的に行う術であり、その錬金術=ヘルメスの術とは、じつは人間をより高い存在に変化させるための術だったからです。
ちょっと難しい話になってしまうかも知れませんが、小説『フランケンシュタインの怪物』の主人公ヴィクター・フランケンシュタインが本来目指したものは、そもそも怪物を造り出すことではなく、言ってみればヘルメス思想に則ってより理想的な人間を造り出そうとする試みだった、と解釈することができるのです。
古代にヘルメス神が人間の賢者として転生し、宇宙の謎を解いた
ヘルメス思想とは何かというのを簡単に説明するのは大変ですが、ひと口で言えばこの世のすべての謎や神秘を解明しようとするものです。
そもそも「ヘルメス」とは、ギリシャ神話に登場するオリュンポス12神のひとりで、全知全能の神ゼウスの使い神であり、旅人や商人の守護神で幸運と富みを司り、発明や策略・計略の神であり天文学やアルファベットを発明し、火の起こし方を発見した神でもあります。
『フランケンシュタインの怪物』の原題である『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』の、そのプロメテウスと並ぶ知恵と文化・文明の神と言えます。
このギリシャ神ヘルメスがエジプトの神トートと習合し、そしてローマの神メリクリウスとも同一になり、3つの神が合わさった「三重の偉大なヘルメス」という意味の「ヘルメス・トリスメギストス」となります。そしてこの三重のヘルメス神が人間に転生して、はじめはアダムの孫として、次にノアの大洪水のあとのバビロニアに、さらにモーセと同じ時代のエジプトにそれぞれ偉大な賢者として3回生まれます。
そして賢者ヘルメスは、宇宙の森羅万象を解き明かし、人間に科学・芸術から魔術までのありとあらゆる知識をもたらしたとされています。
ヘルメスの知識の書と錬金術
賢者ヘルメスは3万6525冊もの膨大な書物を書き遺し、そのエッセンスをまとめた42冊の書物『ヘルメス文書』を遺したといわれています。その文書のなかで最も重要な書が『エメラルド・タブレット』と呼ばれますが、その書が1828年にエジプトのテーベで発見されたという話もあるそうです。
じつはエジプトの大ピラミッドを建造したのはヘルメスで、ピラミッドを建造した理由はノアの大洪水から貴重な宝物と「知識の書」を護るためだったのだと、14世紀の旅行家イブン・バトゥータは著作に記しています。この「知識の書」とは、まさに『エメラルド・タブレットト』のことであるという説もあります。
このようにヘルメスは古代に最高の賢者として3回生まれ変わり、世界の謎と神秘に関する知識を後世に伝えたとされました。そして、その知識を受け継いで実践したのが「錬金術」ということになります。
理想の人間を造ろうとしてできなかったフランケンシュタイン
別の記事で錬金術の究極の目的は、鉛などの卑金属を金に変えることのできる「至高の物質」である「賢者の石」を創造することにあったとご紹介しましたが、さらに言えば「賢者の石」によって人間を含むあらゆるものを、「黄金」に象徴される完全な存在に変化させ高めることだったと言えます。
ヘルメス思想では、人間は本来は神と同じ高次の霊的な存在であり、物質の世界の地上に下りて来ていると考えます。ですから下りたものは再び高みに上昇することができ、その上昇を実現させるのが錬金術の理想であり、その実現の鍵を握るのが「賢者の石」であると考えたのです。
ヴィクター・フランケンシュタインもこのヘルメス思想を実現するために、理想の美しい人間となるはずの人造人間を造り出そうとしました。しかし造り出したのが意図に反して怪物であると悟ったヴィクターは、責任を取ることもなく即座にその怪物を見放してしまいます。
結局、神ならぬ人間が理想の人間を造り出すのは、無理なことだったのでしょうか。そこから「フランケンシュタインの怪物」の悲劇の物語が始まるのでした。