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ギザの大ピラミッド、建造にまつわる謎~世界の七不思議の最古の建造物

ピラミッド
 
紀元前2世紀頃の数学者(旅行家でもあったとされています)、フィロンによって提唱された「世界の七不思議」は、現代においても数多くの人々に広く知られている存在です。当時七不思議として提唱されていた建造物の6つまでは、現在はほぼ消滅してしまっていますが、エジプトにあるギザの大ピラミッドだけは、当時と変わらない姿で現存しています。この建造物は、現在も解明されていない謎が、いくつも伝えられています。

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20年間もかけて作った理由は公共事業?

ギザの大ピラミッドは、一説によると、奴隷などの労働力を使って、20年以上の歳月をかけて作られた、といわれています。この説を信じるとすると、当時高貴な位にあったとされる一部の権力者が、強制的に重労働を強いたようなイメージを受けるのですが、一方で別の説も存在しています。「長期に渡るピラミッド建設は、労働者も納得づくの公共事業だったのではないか」、という説です。当時この地では、農業で生計を立てている人がたくさん暮らしていましたが、過酷な自然環境の中で、一年に少なくない農閑期があった、と考えられます。農閑期の間、仕事を失ってしまう多くの農民に対して、王国側が仕事を保障するために、ピラミッド建設事業を立ち上げた、というのです。

 

労働者の墓と思しき痕跡が発見されている

「公共事業説」の根拠として、大ピラミッドを含む3基の巨大ピラミッド(クフ、メンカウラー、カフラーの三大ピラミッドと呼ばれています)の周辺から、王位にあった人ではなく、同時代の一般人のものと思しき墓が見つかっていることがあげられています(この墓は、約4510年前のもの、とされています)。王の墓とされているピラミッドの周辺で発見されていることから、いわゆる奴隷ではなく、市民労働者として取り扱われていたことを示している、というのです。さらに墓の壁には、「クフ王の友人」という意味の文字が残されていて、なお一層「公共事業説」を裏付けることになっています。しかし、確たる証拠とはなりえておらず、大きな謎とされています。

 

内部に「すす」の跡がない

ピラミッド建設当時は、当然電気は存在しておらず、暗闇を明るくするためには、火を使ったランプのような物が用いられていたはずですが、ピラミッドの内部には、火や油を燃やした跡にできるような「すす」の跡などがまったくありません。建設に伴う作業を真っ暗闇の中でおこなったとは考えられず、ピラミッド内部での作業時の明かりをどうやって確保していたのかも、ギザの大ピラミッドの謎のひとつに数えられているのです。

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カテゴリ: その他

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