アーサー王伝説とケルトの神話や伝説とつなぐ2人の人物とは
5世紀から6世紀のブリタニアの伝説の王である「アーサー王」の物語は、12世紀にまとめられたとされる「ブリタニア列王史」から、15世紀のアーサー王物語の集大成とも言われる「アーサー王の死」に至って、現在に伝わる長編物語となりました。
しかし、円卓の騎士といった多くの登場人物や聖杯伝説などの物語を彩る様々なエピソードは、中世ヨーロッパという時代を背景に伝説に基づきながらも、創作され膨らんで行ったものです。
そういったなかで、古代ヨーロッパのケルト人やその一族でありアーサー王の一族であるブリトン人の神話や伝説と、物語とをつなぐ象徴的な登場人物が2人いるのです。
魔術師のなかの魔術師マーリンは人間と妖精のハーフだった!?
そのひとりは、言うまでもなくアーサー王と並んで重要な登場人物である、魔術師の「アンブローズ・マーリン」です。
魔術師マーリンは「ブリタニア列王史」によると、ウェールズ南西部の小国であるダヴェドの王女が男性の夢魔であるインキュバスに誘惑されてできた子で、母はマーリンを産むと尼僧となり、マーリンはウェールズの町カーマーゼンで育ちました。
あるとき、ウェールズの暴君のヴォーティガンが城の新しい塔の人柱にしようと、宮廷魔術師の助言により「いちども父親がいたことのない若者」を呼び出すように命じ、マーリンと母親が連れて来られました。
しかしマーリンの出生の秘密が明らかになると、マーリンは塔の建設がうまくいかないのは人柱が必要なのではなく、地下にある池の2つの石に竜が眠っているからだと予言し、まさにその通りだったのでした。
このエピソードはじつは、ウェールズの歴史を綴った「カンブリア年代記」では、アーサー王のモデルのひとりともいわれるアンブロシウス・アウレリアヌスのものとされていて、「ブリタニア列王史」で描かれたアーサー王とマーリンが、じつは同じ人物や伝説を基にしているのではないかとも想像されます。
その後、希代の魔術師となったマーリンは、ヴォーティガンの弟で王となったオーレリアン、ウーゼル・ペンドラゴン、アーサー、コンスタンティン3世と四代のブリタニアの王に仕え、古代の遺跡であるストーンヘンジも建設したという架空の伝説さえも生まれました。
マーリンの父親である夢魔は後世には悪魔となって行きますが、古代の神話では森の妖精ともされています。ですから、その妖精を父に持つ魔術師であるマーリンは、まさに神話や伝説の世界と歴史世界との境目にいる人物だったのです。
妖精で神話の女神の化身だったアーサー王の姉モーガン
もうひとりはアーサー王の異父姉で、15世紀の「アーサー王の死」の物語では黒魔術を使う邪悪な魔女としても描かれる「モーガン・ル・フェイ」です。
中世に書かれた「アーサー王の死」の物語では、モーガンはアーサー王の純粋な心を憎み、王の前に立ちはだかる最強の敵となりますが、12世紀の「ブリタニア列王史」を著したジェフリー・オブ・マンモスの別の著作「マーリンの生涯」では、伝説の魔法の島アヴァロンを統治する9人姉妹の聖女の長姉であり、重傷を負ったアーサー王をアヴァロンに運び癒す存在です。
12世紀から15世紀へと年月が過ぎるなかで、このように性格や立場が正反対に変わってしまう登場人物は珍しいと思われます。しかしこのことは、モーガンが古代の神話や伝説の性格を持った人物だったからなのではないでしょうか。
モーガンは古い伝承ではモルガン・デ・フェと呼ばれ、それは「妖精のモルガン」という意味です。またケルト神話の女神モリガンや、豊穣の女神で大地母神のアヌとも同一視されます。つまりアーサー王の姉は妖精であり、大地母神の女神の化身でもあったわけで、アーサー王伝説の登場人物のなかで、最もケルトの神話や伝説とつながりのある存在なのです。
日本でも5世紀、6世紀は、古墳時代という古事記・日本書紀に描かれる神話の世界と歴史の世界をつなぐ時代でした。同じ島国のブリタニアでも、このアーサー王の伝説は神話と歴史とをつなぐ物語であったのかも知れません。