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アーサー王の聖剣エクスカリバー(1)アーサーを王と認めた剣

アーサー王

アーサー王の伝説が最初に記されたジェフリー・オブ・モンマスの「ブリタニア列王史」は12世紀のものですが、それから時代が下った15世紀にアーサー王物語の集大成とも言われる「アーサー王の死」(1485年出版)が、ウェールズ人の騎士トマス・マロリーによって書かれました。

「ブリタニア列王史」がアーサー王の伝説の骨組みのようなものだけだったものが、「アーサー王の死」ではアーサー王とそれを取り巻く円卓の騎士たちのエピソードなどが加えられ、ロマン溢れる長編物語として今日まで伝えられているかたちになったのです。

誰もが知っている有名なエピソードはいくつかありますが、そのなかでも「ブリタニア列王史」と大きく異なるのが、魔法の剣である聖剣エクスカリバーにまつわるものです。

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大岩に突き刺さった剣

「ブリタニア列王史」ではアーサー王の持つ剣がエクスカリバーで、死ぬまでその剣を携えていたということだけです。しかし「アーサー王の死」の物語では、エクスカリバーにはもっと大きな意味が持たされました。

アーサーの父であるウーゼル(ユーサー)・ペンドラゴンは、後継者を残さずに亡くなってしまいました。そこでペンドラゴン王に仕える魔法使いのマーリンは国中から騎士を呼び寄せますが、騎士たちが集まった場所には1本の剣が突き刺さった大きな岩がありました。

そしてその岩には「この剣を抜いた者が、この国の王になる」と書かれていたのです。
騎士たちは次々にこの剣を岩から抜こうと挑みますが、誰も抜くことができません。どうやら剣を抜くためには神の恩寵が必要のようだということで、剣を抜く権利と神の恩寵を得るために馬上試合が行われることになりました。

 

 

アーサーの王の正当性を証明したエクスカリバー

かつてペンドラゴン王に仕えていた騎士のエクトルも、息子のケイを連れてこの馬上試合に参加しようとやって来ました。しかしケイが自分の剣を宿屋に忘れて来たので、従僕のアーサーに取りに行かせます。

アーサーは宿屋に行きますがケイの剣を見つけることができず尋ね歩いているうちに、岩に刺さった剣を見てこれを簡単に抜いてしまったのです。

じつはアーサーは、ペンドラゴン王とコーンウォール公ゴルロイスの妻の間に生まれた不義の子で、後難を畏れたマーリンが引き取って育て、後にエクトル卿に預けて身分を隠して従者としたのでした。

アーサーは、聖剣エクスカリバーを岩から抜くことによって王位に就く正当性を示し、多くの反対にあいながらも、魔術師マーリンやエクトル卿親子らに助けられてブリタニアの王となるのです。

 

 

中世的な雰囲気に彩られたエピソード

ヨーロッパで騎士が生まれて来るのは、フランス(フランク王国)カロリング朝の9世紀から封建制が始まる10世紀以降のことです。伝説ではアーサー王は5、6世紀の頃の王とされていますから、実際には中世の騎士とは時代が合わないのですが、「アーサー王の死」が書かれた15世紀の発想が色濃く反映されているのでしょう。

いずれにしろ、聖剣エクスカリバーはアーサーをブリタニアの王として証明するものとして、大きくクローズアップされたのでした。

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