> >

霊感と霊的なものとの関係性とは?日本人における霊感

霊感

「霊感」は神や仏が示す感応や啓示、あるいは芸術家の霊感のように理屈では説明できない「ひらめき」といったことにも使われますが、私たちがこの言葉を使う場合には漢字のとおり霊的なものを感じる、あるいはそれが見えるというのが一般的ではないでしょうか。

スポンサードリンク

 

特定の場所で感じるもの

よく、どこかの建物や部屋に入るとある人は何かを感じる、という風なことがあります。この場合の何かとは、たいていは霊的なものを指していて、それも生きている私たちにとってはあまり良くないもの、何か嫌な感じがしたり恐ろしかったりするようなものではないでしょうか。
つまり、一般的には霊感は霊的なもの、霊魂や幽霊といったようなものと強く結びついているものと言えるかも知れません。

 

私たち日本人の霊感

世界の各地で霊感がどういう風に考えられているのか正確にはわかりませんが、私たち日本人の霊感に対するとらえ方は、例えばキリスト教における霊感(Inspiration)とはどうも違うようです。

 
キリスト教における霊感とは、簡単に言うと唯一の神の意志や反応を感じるもので、神の意志を聖霊が関与して人間に伝える働きでもあります。つまり霊感はあくまで神から伝わるものを感じる何かなのです。

 
ですが一般的に日本人にとっての霊感は、神様からのものだけとは限りません。どちらかというと神よりも霊魂を感じとる、といった意味合いが強いのではないでしょうか。
それでは、日本人にとっての霊魂とはどんな存在なのでしょう。

 

日本人にとっては、霊魂はそこら中に存在する!?

はるか古代の日本人にとっては、お化けや幽霊はそこかしこにいるものでした。といっても、日本中の至る所にお化けや幽霊があふれていた、ということではありません。
化けものや物の怪といった言葉の「もの」とは、単に物質的な物ということの意味だけではなく、霊や魂、あるいは玉(ぎょく)と同じ意味でもありました。「もの」とは霊的なもの、または霊的なものが宿ったもののことで、また「玉」で言えば玉座(ぎょくざ)のように天皇の身の回りの物のことを言うなど、霊的に貴いものを表します。

 
古代の日本人にとっては「もの」には霊や霊魂が宿り、霊や霊魂が集まってより高位になったものが「神」でした。ですから身の回りの様々な「もの」には霊や霊魂があって、それが八百万の神と繋がっていたのです。古代の日本人にとって霊感とは、それらの霊や霊魂、神を感じることだったわけです。
そのような古代の日本人にとっての霊や霊魂、霊感は、別の記事でもう少し詳しく探ってみることにしたいと思います。

このエントリーをはてなブックマークに追加


スポンサードリンク
スポンサードリンク

Comments are closed.