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錬金術の父パラケルススが果たした近代医学への功績とは


 
16世紀の時代、今もヨーロッパで存続している伝統ある大学で医学を学んだ「錬金術の父」ともいわれる著名な錬金術師のひとりであるパラケルスス。しかし彼は学歴詐称疑惑や出自へのコンプレックス、探求心旺盛であるが故の、当時の主流派医学との軋轢、といった問題も数多く引き起こしていていました。

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パラケルススは学会にとどまらず、居住していた土地を追放されるといった事件も発生したりして、その生涯のほとんどを放浪して過ごすという、数奇な人生を歩むことになります。それにもかかわらず、錬金術や医学の世界における彼の功績は非常に大きなものでした。

 

8年におよぶ大放浪の中で

大学で「知識ベースの医学の危険性や不足感」を感じたパラケルススは、大学卒業後、遍歴学生として、ドイツやスペイン、フランス、イギリス、はてはロシア方面まで、放浪の旅を敢行します(この時のエピソードは、「パラケルススの大遍歴」として記録されているそうです)。

この大遍歴において、知識人やエリート以外の多くの「土地の医学人」と接触していったパラケルススは、民衆の中に、「実効性がを持った医学的な知が存在する」ことを確認していきます(このなかには、当時一般的にさげすまれていた民間の治療師や占い師など、いわゆる「モグリの医者」も含まれています)。

また一方で、民衆に浸透している医学的な知を検証するという意味で、大遍歴中も大学の知識人、サークルなど、いわゆるエリート階層の人々とも接触しています。この活動によってパラケルススは、医学的にも錬金術的にも、独自の孤高ともいえる存在感を得ることになります。

 

チンキ剤と梅毒とパラケルスス

このような活動による、パラケルススの代表的な功績の中で、錬金術以前に医学的に注目すべき事象として、チンキ剤の効用と、梅毒の治療をあげることができます。

チンキ剤は生薬・ハーブ成分などをエタノールや精製水と混ぜることで作られる液状製剤であり、現代においても使用されているものですが、彼が着目する以前の時代では医学的にはほぼ認められていませんでした。パラケルススは「チンキ剤に最初に着目した医師」、といえそうです。

また、パラケルススの大遍歴のちょうどその時期、当時ヨーロッパに上陸したばかりの疫病である梅毒が猛威を振るっていました。このため、訪れる土地土地で土着的な医学的ノウハウを吸収しつつ、当時大流行していた梅毒の治療についての研究も、熱心におこなっています。

このように、パラケルススの医学的な探究心は、とどまることはありませんでした。

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カテゴリ: その他

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