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錬金術師たちの奥義書「エメラルド・タブレット」とは?

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紀元前2世紀頃、当時西欧世界で圧倒的な存在感を放っていたアレクサンドリアにおいて、高名な学者であるクレメンスという人物が、その後の錬金術師のイメージに多大な影響を与えることになる、ヘルメス・トリスメギストスに関する文書を、ヘルメス文書という42冊からなる著書にまとめました。

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ヘルメス文書は、後年の錬金術師たちのバイブルとなりうる内容を含んでいることから、その後の錬金術の歴史に大きな影響を与えることになりました。

 

エメラルド・タブレットの存在

ヘルメス文書の大半はギリシャ語で書かれていて、エジプトで製作されたもの、といわれていますが、製作期間はおよそ600年にも渡っていて、詳細な事実は判明していません。ヘルメス文書はいくつかの章に大別されていて、「コルプス・ヘルメニクム」や「アスクレピオス」、「ボイマンドレース」などが知られていますが、中でも錬金術の概念や方法が集中して記載されていることから、「錬金術の奥義書」といっても過言ではないのが、「エメラルド・タブレット」です。

 

ヘルメスと一緒に埋葬されていた?

アレクサンドリアのクレメンスは、ヘルメスが残した文書をまとめてヘルメス文書として製作したのですが、最重要文書である「エメラルド・タブレット」の元ネタは、なんとエジプトの大ピラミッドで発見された、といいます。

ヘルメスは、長期間にわたって3代生きながらえていた、といわれていますが、3代目のヘルメスの死体が、エジプトにあるギザのピラミッドに安置されているのを、アレクサンドロス大王(別名アレキサンダー大王)が遠征の際に発見した、というのです。

ヘルメスの死体を発見した際に、その手にしっかりと握られていたのが、それまで伝承の世界でしか語られていなかった「エメラルド・タブレット」であった、といいます。

 

代々伝承されてきた錬金術の奥義

ヘルメス・トリスメギストスは、3代に渡って転生した(そのため、ヘルメスの名に数値の「3」をあらわす「トリスメギストス」という言葉が付け加えられています)という伝承は、アレクサンドロス大王によるヘルメスの死体の発見、そして「エメラルド・タブレット」の発見によって、単なる神話や伝承の世界から、世界史的な実存性の高い事象に変化したことがうかがえます。

その後19世紀になって、エジプトで大量の古文書が発見された際にも、紀元前4世紀頃の「エメラルド・タブレット」の写しが発見された、といいますから、錬金術の是非はともかく、そのきっかけとなった文書が実在していたことは、間違いなさそうです。

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カテゴリ: その他

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