音のかたまりとゲシュタルト崩壊。人間だけの現象ではない?
聴覚の「ゲシュタルト崩壊」を考えるにあたっては、人間が持ってい認識処理機能である「マルチタスクを許容できる(つまり、複数の構成要素を持つ音に対して、塊としてでもパーツ事としてでも認識として受け入れることができる機能)が大きく関わっていることがわかってきています。
このことは、ゲシュタルト崩壊が、虫や動物など、本能に対して反射的に反応するのみ(と考えられている)の生き物では起こりにくく、人間には起こりやすいことをも示しているのではないでしょうか。
虫や動物にゲシュタルト崩壊はあるのか
脳の機能が比較的原始的であるといわれている虫や動物において、「ゲシュタルト崩壊という現象は起こりうるのか」ということを考えてみると、結論としては、「起こりうる」のではないでしょうか。
彼らの認識の例として、クモの巣を何か別のものと認識して寄ってくる蝶や蛾は、運良く助かった後には、何らかの学習をして、クモの巣に近づかなくなるものです。
この現象には、ふたつの「ゲシュタルト的要素」が含まれています。
ひとつは「クモの巣をそれ以外の何かと勘違いする認識処理」と、「失敗した後に近づかないようにするという認識処理」です。
脳科学や医学的な専門分野においては若干異なる概念なのかもしれませんが、ゲシュタルト崩壊のメカニズムを考えていくうえでは、虫や動物のこういった習性も、ヒントにはなりそうです。
なぜ「音の塊」として認識できるのか
「聴覚のゲシュタルト崩壊」のお話に戻りますと、そもそも「人間の脳だから起こりうる」ものではなさそうで、物事を認識するという原始的な行為プラス、専門的な領域の用語では「高次の認識処理機能」といわれている、「原始反射よりも、もう少し思考結果が含まれている反応」である、と思われます。
脳の機能や仕組みには今もわかっていないことが多いです。
脳の出先機関のひとつである耳や聴覚のゲシュタルト崩壊のメカニズムを単独で解析できるものでもないのですが、無数の音を総合して「今聞こえている音」というように、いわゆる「ゲシュタルトな聞こえ方」が事実としてできているということは、聴覚、ひいては脳の仕組み自体に、音に対しても、視覚的に見えるあらゆる事象に対しても、「目に見える、あるいは聞こえるそのものをひとつとして認識させる」という機能が備わっているとしか考えられません。
そういった機能を働かせたとしても、そもそも聞こえる音や目に見える事象は、複数の要素の塊なわけですから、いつでもばらばらに分解して認識することが可能なわけです。
ゲシュタルト崩壊のメカニズムの一例にはなるかもしれません。