> >

石鎚山に棲む天狗「石鎚山法起坊」が別格の大天狗だと言われた理由

山
 
日本七霊山のひとつとして数えられ、近畿から西では最高峰、山岳信仰や修験道の山として知られるのが、四国・伊予(愛媛県)の「石鎚山(いしづちさん)・天狗岳(標高1,982m)」。
この霊山を住処とする天狗が「石鎚山法起坊」で、「天狗経」の48天狗に数えられ、日本八大天狗のひとりとも別格ともされる大天狗です。

スポンサードリンク


 
石鎚山は、古来より信仰の対象とされていた山であり、奈良時代にはすでに修験者の修行場として知られていたそうです。修験道の開祖と言われる役小角(役行者)や、お隣の讃岐(香川県)出身の空海が修行した山と伝えられ、修験道、山岳仏教(密教)の中心地となりました。

石鎚山法起坊はこの石鎚山の守護神とされていますが、それではこの大天狗、いったいどんな天狗であり、なぜ別格の大天狗とされたのでしょうか。

 

役小角が開山した石鎚山

西日本の最高峰である石鎚山は、古代より神が宿る山=神体山(しんたいさん)とされてきました。ちなみに”霊峰富士”などという言い方をする「霊峰」とは、この神体山とされる山のことを言います。

石鎚山は「石鎚の神」がいらっしゃる山ということですが、この石鎚の神は石鎚山への信仰の拠点である「石鎚神社」のご祭神である「石鎚毘古命(石土毘古命/いわつちひこのみこと)」という神様で、古事記にあるイザナギ、イザナミの神生み神話で二番目に生まれた神様。「家宅六神」とも呼ばれる家を護る神様の一柱でもあり、石土毘古命は家の材料である石と土を表しているとされています。

修験の山としての石鎚山は、飛鳥時代の685年に役小角によって開山されたと伝えられ、その後の奈良時代に伊予国の寂仙という修験僧があらためて開山しました。空海の修行は寂仙が亡くなった30年後のことだそうです。
寂仙は石鎚の神を「石鎚蔵王大権現」に置き換え、山の中腹に石鎚神社の社のひとつである「常住社(成就社)」を創建し、その後に空海が開いた真言宗の「横峰寺」や「前神寺」「極楽寺」と共に石鎚山信仰や修験道の拠点となりました。

 

大天狗・石鎚山法起坊は役小角だった!?

それではこの石鎚山の大天狗・石鎚山法起坊は誰なのでしょうか?

実は石鎚山法起坊は、石鎚山を開いた役小角その人であると言われていて、石鎚山真言宗総本山の極楽寺の「石鎚山法起坊大天狗ご縁起」にもそのように書かれています。この縁起には「法起坊大天狗は、ご開山の祖『役の行者の天狗名』であり、沢山の眷属(けんぞく)と共にお山を守護しご参拝の方々のお願いを御本尊石鎚大権現様にお伝えくださり、又、大権現様のお慈悲を人々に与えるお使い役をしていただいております」と記されているのです。

役小角は、伝承では弟子であった韓国広足(からくにのひろたり)の讒言によって伊豆に流罪となり、赦された後に箕面(大阪府)の天井ヶ岳で亡くなったとされていますが、天狗となってこの石鎚山を住処としたということになります。

天狗、特に霊山を住処とする大天狗はその多くが山岳信仰や修験道と関係がありますが、まさにその修験道の開祖と言われる役小角の天狗ですから、日本の八天狗、48天狗においても別格とされるのはうなづける話です。

このエントリーをはてなブックマークに追加


スポンサードリンク
スポンサードリンク

Comments are closed.