> >

「信じるものは救われる」のジンクスは本当?実現のためにすべきこと


 
世の中でよくいわれている言葉のひとつに「信じるものは救われる」というものがあります。この言葉は、ことわざや慣用句でもなく、ジンクスに近いニュアンスで語られています。また、宗教的なイメージとは裏腹に、一般的な人々の中でも、普通に浸透している言葉でもあります。この「信じるものは救われる」がジンクスであるかどうか、またその真の意味合いについて、考察していきます。

スポンサードリンク


 

この言葉とジンクスの関係性

この言葉は、ほとんどジンクスに近い使われ方をしていて、なにかのアクションを起こすときや、大きな決断を起こす際に、無意識に頭によぎる言葉として定着しています。もとは聖書に記載されている「信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける」という概念から来ている、という説が有力ですが、日本におけるこの言葉の確かな由来は、正確には判明していないようです。ここではこの言葉をひとつのジンクスと仮定して、さらに深掘りしてみます。

 

信じることの意味

この言葉も、通常のジンクスと同じように「原因と結果」という構成になっています(「○○すると△△になる」といった典型的な形)。「救われる」ためには「信じること」が重要なのですが、ここでいわれている「信じることの意味」、「信じる対象」とは、どこにあるのでしょうか。もとの意味合いでは「洗礼を受けること」であったとされていますが、日本においては仏教や八百万の神のほうが一般的なので、異なった解釈がなされている、と考えられます。「自分自身の決断を信じる」といったニュアンスの方が、強いといえそうです。

 

自己満足で終わらせない活用方法

ただし、「自分自身の決断を信じる」だけでは、ただの自己満足に陥ってしまい、「救われる」結果が出る理由が見えてこないのも事実です。このジンクスを活用するためにするべきこと、それは「信じる対象に対して裏付けを持つことによって、自信を得る」ことではないでしょうか。たとえば、「試験に受かる」というシチュエーションを考えた場合、ただ信じるだけでは結果は付いてこないと思われます。自分自身が「試験に受かる」ことを信じることができる状態を作り出すことが重要です。「試験勉強や、模擬試験等を事前におこなう」等により、自分自身を信じる材料を積み上げていき、最後の最後に活用するのが「信じるものは救われる」のジンクスではないでしょうか。このようにジンクスは、最後のひと押しとして活用することで、実現性を高めることになるのです。

このエントリーをはてなブックマークに追加


スポンサードリンク
スポンサードリンク

カテゴリ: その他

Comments are closed.