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以心伝心?テレパシーが存在すると考えられる理由


 
1843年、イギリスはカンブリア州(当時はカンバーランド州という呼称でした)、ケスウィックの裕福なキリスト教牧師の家に生まれたフレデリック・ウィリアム・ヘンリー・マイヤース氏は、現代にも受け継がれ、研究が継続されている「人間の秘められた能力」であり、一般的に認知されている「人間の五感」を超える伝達手段としての「テレパシー」や、伝達されている情報の発信元としての「心霊的な存在」を追及していたことで知られています。現代科学や医学では、未だ証明されていない「テレパシー」や「霊」という存在ですが、現実問題として、これらが存在していると考えざるを得ないような出来事も、日常的に起こっています。

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「以心伝心」という日本語がしめすもの

日本には昔から「以心伝心」という言葉があります。類似する他の言葉として「あ・うんの呼吸」、「空気を読む」といったものもありますが、これらは、「五感を駆使せずとも、多くの人々が共通認識が持てている状態」である、といえます。このような状況を説明するのに使われているこれらの表現は、大きく2つの意味を持っている、と考えられます。ひとつは、「五感を使った伝達手段を超えるものの存在」、つまり「テレパシーや霊的なものの存在が、暗黙知として定義されている」、ということであり、もうひとつは、「伝達手段以前に存在する大前提」、つまり「民族によって異なる習慣や民族性、宗教性」といったものです。後者の解釈で捉えられることが多いのは事実ですが、ここに「偶然の要素」や、「民族の共通性や、宗教性を超えた認識の一致」が見られることも、多々あります。

 

説明しなくとも共有できている概念の正体?

民族性や宗教性を超えた概念の代表的な例として、たとえば国連の存在があげられます。多くの機能を持っている国際的な機関なのですが、簡略化していえば、「地球上のさまざまな国が、民族の慣習や宗教を超えて集まり、全体としてどのようにすべきかを議論し、次アクションを決定している」、といった機関です。ここでおこなわれる議論の根底には、「人道的である」ことや、「利己的でありすぎない」といった概念が存在しています。これらは、「世界常識」であるとか、「人間の本能として、DNA=遺伝子に刻み込まれている価値観」、といった説明がなされたりしていますが、はたしてそうなのでしょうか。そもそも何らかの情報伝達なしには、人間を含む生物は、判断アクションが取れないはずであり、そもそもの情報伝達は、情報発信があってこそ成り立つものであるはずです。このように、人間の根源的な価値観や、宗教や国家を超えた認識共有の根拠のひとつとして追求され続けているテーマのひとつが、テレパシーなのです。

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カテゴリ: その他

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