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龍(ドラゴン)の伝説が西洋にも東洋にも広がった理由

ドラゴン
 
古代メソポタミアでは、紀元前9000年頃より始まった世界で最も古い「シュメール文明」の都市国家の頃から、龍または竜蛇と考えられる聖獣が都市の守護神に従い、都市や神殿を護っていたとみられる図像や記述が遺っています。

シュメール語で「怒れる蛇」という意味の「ムシュフシュ」という聖獣は、毒蛇の頭と胴体と尾(またはサソリの尾)、ライオンの前足にワシの後足、頭には2つの角を持つといういわゆる合体獣でしたが、名前を持った最古の龍とも考えられているのです。

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ムシュフシュは、シュメールの都市国家「ラガシュ」の主神である「ニンギルス」の神殿を護っていました。また都市国家「エシュヌンナ」の神「ニンアズ」に従っていたあと、神が「ティシュパク」に替わるとそれに従う聖獣となり、やがて「古バビロニア王国」の時代になると首都である「バビロン」の守護神「マルドゥク」に従うようになりました。

もし、シュメール文明が龍の発祥であり、このムシュフシュが龍の起源かも知れないとすると、それでは龍=ドラゴンはどうして世界の東西に広がって行ったのでしょうか?

 

古代の龍が護るシュメール古代都市の繁栄と衰退

シュメールの都市国家「ラガシュ」は、紀元前2600年頃から紀元前2300年頃の間に最盛期を迎えたラガシュ、ギルス、ニナ・スィラ、グアバなどの都市が連合した王国で、現代でもメソポタミア最大級の都市遺跡を遺しています。守護神の「ニンギルス」は大地の神であり、農耕や狩猟を司る豊穣の神。狩猟の神であることから後には戦いの神ともなりました。

また「エシュヌンナ」という都市は、ラガシュ繁栄のあとの紀元前2300年頃から地方の中心都市、交易の中継基地として栄えた場所です。紀元前2026年頃には都市国家として独立し、やがて東部メソポタミア最大の王国として繁栄しました。守護神の「ニンアズ」は医療と癒しの神で、後に守護神となった「ティシュパク」は冥界と戦いの神。ニンアズとティシュパクは同一の神ともされています。

しかし紀元前1700年代に入ると、都市国家エシュヌンナはバビロニアのハムラビ王と戦いを繰り返し、紀元前1757年にはハムラビ王の軍によって包囲され、水攻めにより都市は壊滅してしまい、シュメールは終焉を迎えます。

こうした歴史を経て、シュメールの神に従っていた古代の龍(竜蛇)のムシュフシュも、バビロニアの首都バビロンの守護神であるマルドゥクに従うようになったのです。

 

バビロニアの最高神に従うようになったムシュフシュ

バニロニアで信仰されたマルドゥクという神は、別名(アッカド語の名前)を「アマルトゥ」と言い、その意味は「太陽の牛」でした。つまり、太陽と牛を司る農耕の神で、世界各地に見られる牛を神聖視する宗教観や文化から生まれた神であると想像されます。

中国南部の伝承にも英雄が牛に変身して蛟龍を退治する話がありましたが、バビロニアの牛の神がシュメールの龍であるムシュフシュを、シュメール都市国家との戦いに勝って従えることになったのは、とても象徴的で興味深い話です。

このマルドゥクという神はバビロンの都市の神でしたが、やがて各地の都市の神の性格を取り込んでバビロニアの最高神となります。

またバビロニアの祭司たちは、シュメールの神話を改変してマルドゥク神を中心に据えた創世神話(バビロニア神話)を生みだし、その中でムシュフシュはマルドゥクと対立し戦う生命の女神「ティアマト」が生みだした、11の合成獣の魔物のひとつとされます。

ティアマトはマルドゥクに戦いを挑みますが、マルドゥクを飲み込もうと口を開けた瞬間にマルドゥクの起こした暴風によって口が閉じなくなり、そこに弓で心臓を射抜かれて倒されてしまいます。その後、ティアマトの身体は2つに裂かれて天と地になり、眼からはチグリス川とユーフラティス川ができたとされました。

この神話によってムシュフシュは魔物とされ、西洋の魔物であるドラゴンの源流となって行ったのではないでしょうか。

旧約聖書はメソポタミアの神話の影響があると考えられていますが、「ダニエル書補遺」の「ベルと竜」という挿話にある「バビロニアでダニエルがドラゴンを倒す話」は、ムシュフシュがドラゴンとして描かれているとされます。

また、メソポタミア文明を終わらせたペルシャ帝国の「ゾロアスター教」では、「アジ・ダハーカ」という名の悪のドラゴン(または竜蛇)が登場し、このドラゴンは英雄スラエータオナが退治しますが、殺せなかったためにダマーヴァンド山の地下深くに幽閉してしまいます。

メソポタミアという文明の発祥の地から、こうして邪悪で凶暴な魔物のドラゴンは西へと伝わって行ったのかも知れません。それでは神または神に従う聖獣の龍は、東に伝わって行ったのでしょうか。それは良くわかりませんが、メソポタミアを東西の境目とすると、ここから東の龍は基本的には聖獣であることは間違いないでしょう。

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