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古代の謎の建造物!元祖・世界の七不思議と新・世界の七不思議

ピラミッド
 
世界中には、まだまだ建設の経緯や目的が解明されていない建造物が多数存在しています。何百年どころか、何千年、何万年もの昔に建てられた建物も多く、真相を究明することは困難を極めるのですが、それでも残された文献や状況証拠から、それぞれの建造物について今も研究が継続されています。

そんな古代の謎の建造物のひとつ、15世紀頃に作られたというペルーのマチュ・ピチュは、数ある謎の建造物の中から、「新・世界の七不思議」として選ばれるほど、世界中の人々の関心を集め続けている遺跡のひとつです。いったい何の目的で建設されたのでしょうか。

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紀元前に定義された元祖「世界の七不思議」

マチュ・ピチュが選定されているという「新・世界の七不思議」以前には、「世界の七不思議」という概念が存在していました。順を追って解説していきますと、まず、「世界の七不思議」のほうのルーツは、その言葉のイメージよりも、さらに古い時代にまで遡ることができます。

今でこそ半ば慣用句的に使用されている「七不思議」というキーワードなのですが、こと建造物に関しては、紀元前2世紀頃にその概念がつくられました。
ヨーロッパの南東に位置するバルカン半島の小さな半島である「ビザンチウム」という場所で、古代ギリシャの数学者にして旅行家でもあったフィロンという人物が、当時のヨーロッパにおいて、驚異的な建造物であるがゆえに既に世間的に「謎や不思議」の対象として認知されていた建造物を七つ選んで「七不思議」と定義したのが始まりとされています。

後年定義された「新・世界の七不思議」よりずっと以前に、「元祖・七不思議」ともいえる概念が存在していたわけです。

 

現存する建造物で構成される「新・世界の七不思議」

元祖「世界の七不思議」は、「ギザの大ピラミッド」「バビロンの空中庭園」「エフェソスのアルテミス神殿」「オリンピアのゼウス像」「ハリカルナッソスのマウソロス霊廟」「ロドス島の巨像」「アレクサンドリアの大灯台」が該当しています。

最後の「アレクサンドリアの大灯台」はビザンチウムのフィロンが定義したものではなく、フィロンが選んだ「バビロンの城壁」が「バビロンの空中庭園」と同一視された結果、後年になって「アレクサンドリアの大灯台」に差し替えられたものだといわれています。

このうち現代も残っている建造物は「ギザの大ピラミッド」だけであり、そのほかの建造物は天災や人為的な破壊、年月による劣化・消滅などの理由で、ほぼあとかたもなくなってしまっています。このため近年になって、「新・世界の七不思議」を定義する動きがありました。

「新・世界の七不思議」は、スイスに拠点を置く「新世界七不思議財団」が主導して、2007年に定義されています。「新・世界の七不思議」は、現存する建造物で構成されています。

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カテゴリ: その他

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