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不思議なパワーを宿す聖地マチュ・ピチュとインカ帝国の謎

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場所自体に何らかのパワーを有すると考えられる「聖地」の代表的なもののひとつには、国民的には「無宗教」とされている、日本人でも誰もがその名を認識しているであろう「エルサレム」が存在しています。

エルサレムは、過去の経緯を見てもわかるとおり、宗教的な紛争を長年に渡って引き起こされ、紛争の舞台の中心的な場所でした。この事実を説明するには、もともと土地自身がなんらかの意味やパワーを持っていた、と考えるのが自然ではないでしょうか。

パワーを持つ土地として、有名度や規模という意味では、エルサレムがもっともポピュラーな存在なのですが、世界各国にはさまざまな形で、「もともとパワーを持っていたであろう場所」が存在しています。そんななかでもよく知られる存在となってきているのが「マチュ・ピチュ」です。

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インカ帝国の遺跡マチュ・ピチュ

マチュ・ピチュは、南アメリカの西部に位置する、現在のペルー共和国にあるウルバンバ谷の近隣の山の尾根に存在しています。

ウルバンバ谷は、近隣のベネズエラやコロンビア、エクアドル、ボリビア、アルゼンチン、チリ、そしてペルーという七か国にまたがるアンデス山脈のなかの、ペルーにかかっている山麓に存在している谷なのですが、ここにあるマチュ・ピチュは、15世紀当時、世界でもっとも大きい帝国とされていた、インカ帝国の遺跡である、とされています。

マチュ・ピチュのある場所は、標高2430メートルの場所(富士山が標高3776メートルですから、およそ3分の2程度の高さです)にあるのですが、当時のインカ帝国の首都であるクスコは、マチュピチュからさらに高く山を上った、標高3400メートルほどのところに存在していた、とされています。クスコの市街地は、1983年に世界遺産として登録されています。

 

インカ帝国の文明が謎のまま残る理由

しかし、15世紀のインカ帝国の謎は、マチュ・ピチュという遺跡が残っている現状においても、まったくもって明らかにはなっていません。なぜならばインカ帝国は、文字を持たない文明であったため、マチュ・ピチュの遺跡が、何の目的で作られたのか、また、なぜマチュ・ピチュの1000メートルも上ったその先にインカ帝国の首都が建設されたのか、その関係性や役割分担がどのようなものだったのか、これらがすべて記録としては残っていないからなのです。

ちなみにマチュ・ピチュという奇妙なキーワードは、イメージからもわかるとおり、もとは英語ではなく、南米大陸のペルー近隣で約1300万人が使用しているというケチュア語をベースとしている、とされています。今でもボリビアとペルーでは公用語として使われていますが、かつてはインカ帝国でも公用語であった、とのことです。

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カテゴリ: その他

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