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ゲシュタルト療法。今現在だけに集中するこは可能か?

ゲシュタルト崩壊

世にいう「ゲシュタルト療法」というものは、20世紀のドイツ系ユダヤ人の精神科医によって提唱された治療法のひとつであり、「過去にとらわれず、今現在に集中する」ことによって、安定した精神状態を得られる、というもののようです。
しかし人間の思考といいますか、脳の基本的なしくみや機能は、日常的に遭遇する「ゲシュタルト崩壊」に見られるように、物理的肉体的にもとより備わっているものであり、そう簡単には「過去にとらわれず、今現在に集中する」ことはできないようにも感じられます。

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生物に備わっている生理的反応である可能性

ゲシュタルト療法を施すと、目の前の出来事や、ちょっと先の未来の目的や経路などが明確になり、過去にとらわれることがなくなる、といいます。

 
しかし、ゲシュタルト崩壊現象の発生プロセスをつぶさに見ていくと、知識として過去から積みあがっているものが、思考の途中で出現し、その結果、錯覚にも似たさまざまな事象を引き起こしているようにもとれます。

 
これは必ずしも、眼精疲労などの肉体的疲弊から起こるものではなく、かつ相当な集中力を持ってしても、完全に避けることは難しい現象である、と考えられています。
錯覚を100%除去することができないように、ゲシュタルト崩壊を100%除去することは、非常に困難であるように思われます。

 

 

外部領域・内部領域・中間領域という概念

ゲシュタルト療法では、ゲシュタルト崩壊のキーワードの中で「崩壊するもの」、つまり「まとまって存在しているもの」の定義として、概念的に外部領域・内部領域・中間領域という3つの領域をあげています。

 
外部領域が自分を取り巻く現実世界(音や道具、人間などを含む他者全般)で、内部領域が自分自身の肉体、中間領域が自分自身の思考である、と位置付けています。

 
この概念的な3つの領域を見ると、多分に中庸的かつ宗教的で、それらの「バランス」を重視していることをイメージさせられるものです。
ただし、「崩壊する対象としてのゲシュタルト」としては、ゲシュタルト療法が提唱する3つの概念は、ある意味あてはまるものでもありますし、それはゲシュタルト療法に限らず、キリスト教や仏教、禅の世界においても、もはや普遍的に語られている領域でもあります。

 
「ゲシュタルト崩壊」から派生して、ゲシュタルト療法という、同じ「ゲシュタルト」というキーワードを含む言葉にまで踏み込んで考察をおこないましたが、療法=セラピーのほうでは、特に「ゲシュタルト崩壊」に見られるような、錯覚に近い現象を修正するというよりも、宗教的な概念を体系的に落とし込み、さまざまな局面で医学的に活用しているということが実情である、といえそうです。

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カテゴリ: その他

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