ラグナロク最終回:バルドルという善の象徴・光の神の存在を失った世界
「スノッリのエッダ(北欧神話を記している代表的な文書群のひとつで、新エッダとの別名を持ちます)」を構成する三つのエピソードのひとつ、「ギュルヴィたぶらかし」において、巨人族の血を引き、「北欧神話最大のトリックスター」との異名を持っているロキが、他ならぬバルドルの兄弟であるヘズをたぶらかし、バルドル殺害にまで至らせてしまう経緯が描かれていることは、北欧神話のストーリーの大半が、新エッダの第一部である「ギュルヴィたぶらかし」に集約されていることを示しています。「ギュルヴィたぶらかし」においては、バルドルがヘズに殺された後のドラマも語られています。
フリッグはバルドルを蘇らせようとした
新エッダや古エッダが、北欧神話の古くからの伝承をベースに文書化されたのは、おおよそ13世紀頃である、とされていますが、北欧神話は、ちょうどその頃スカンジナビア半島で浸透しつつあったキリスト教の概念も多分に含んでいて、「神という存在は、一度死んで蘇ってこそ絶対的なものになる」、というような概念があったようで、「ギュルヴィたぶらかし」の中でバルドルが死んでしまったあとに、母フリッグがバルドルを蘇らせようとした、というストーリーが展開されています。
バルドルの弟であるヘルモーズという神が、バルドルの母フリッグの悲しみに応える形で、ヘルヘイムという地域を治めていた女王ヘルに頼んで、バルドルを蘇らせようとしました(キリスト教でいうところの「復活」にあたる、と思われます)。
女王ヘルは、「全世界のあらゆるものが、バルドルのために泣いているのであれば、復活させよう」と答えた、とのことです。
例外が結果的にラグナロクを招いた
女王ヘルの提言を受けたヘルモーズは、全世界のあらゆる事象がバルドルの死のために泣いている、という事実を裏付けようとしましたが、バルドルがたったひとつの例外(=ヤドリギ)によって命を落としてしまったのと同様に、全世界の事象の中で、唯一「泣いていない」事象が存在してしまいました。
それが、巨人族の女性セック(一説によるとソックともいわれています)でした。セックという例外が存在してしまったがために、バルドルが復活することは(少なくともこの時点では)ありませんでした。
しかもセックの正体は、バルドルを死に追いやったロキであり、彼が変身した姿であったといいますから、ロキの狡猾さ、ずる賢さというものは、相当なものであった、とうかがえます。
かくして、バルドルという善の象徴的なもの、光の神の存在を失ってしまった世界は、ラグナロク、つまり北欧神話の中で定義されている「最終戦争」に突入することになってしまうのです。