> >

トマス・アクィナスによって守備範囲を広げたスコラ錬金術

スコラ錬金術

中世ヨーロッパはイタリアの神学者、トマス・アクィナスは、13世紀のカトリック教会における「聖人」という地位にして、33人しかいない教会博士という、当時を代表する哲学者のひとりでした。
彼のもっとも大きな功績のひとつが、アリストテレス哲学と、キリスト教哲学を融合させ、スコラ哲学を構築したことなのですが、このことは、錬金術にも新たな側面を与え、スコラ錬金術という広い守備範囲を持つ新しい錬金術を生み出すことにもなったのです。

スポンサードリンク

十字軍の存在も影響

トマス・アクィナスが台頭した時代には、キリスト教徒の聖地であるエルサレム(現在のイスラエル東部のパレスチナ自治政府内の都市)を、イスラム教徒の手から奪回するために、キリスト教側が十字軍という名の遠征部隊を立ち上げ、実際に遠征もおこなわれていました。

この結果、東ローマ帝国主導で実施されていた異教徒活動禁止令(キリスト教以外の禁止、この対象には古代ギリシャ哲学も含まれていました)が実質的に解かれ、ギリシャ哲学が民衆の間で再び広まりつつあったのです。また、商業的な交流も活発になって、経済的にも繁栄していた時代であり、民衆の信仰心の低下や、それに伴う数々の思想的宗教的対立も起こっています。
そんななかでトマス・アクィヌスは、聖人哲学者という立場にあって、新たな方向性を打ち出す必要があった、と考えられます。

錬金術の論理的側面にも着目

トマス・アクィナスが、高名なキリスト教聖職者という立場で、錬金術を明確に否定しなかったばかりか、「錬金術が、魔法の領域(現代風に表現すると「オカルトの領域)にならない限り、一つの合法的な学問として許容する」という考えを示したことも、その後の錬金術の生き残りや発展に、大きく影響をおよぼしたもの、と思われます。

それまで錬金術が持っていた「卑金属を貴金属に変える」という側面は、いわば「資本主義において利益を追求する」といった側面と同様に、「何らかの方法で金銭的な成功を生み出す」ことと同義であり、特に地位の高い人々に一定の支持を得ていたことは、想像に難くありません。

さらにここに古代ギリシャ哲学的な考え方の復活、キリスト教聖職者や教会に思惑なども複雑に絡んで、教会関係者や王族、政治家を含む支配層は、多くの市井の人々に対してなんらかの方法で「落としどころ」を示していく必要性もあった、と考えられます。
こうして学問としてのスコラ哲学は、錬金術にも引き継がれ、十字軍をきっかけとした思想の混入や、商業的成功による民衆の繁栄による思想に変化に対する「落としどころ」として、一定のポジションを得ていったもの、と思われます。

このエントリーをはてなブックマークに追加


スポンサードリンク
スポンサードリンク

カテゴリ: その他

Comments are closed.