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玄武は道教では神だった?~真武大帝と玄武の関係

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中国には三大宗教と言われるものがあります。それはインドから伝わった「仏教」、孔子を始祖とする「儒教」、そして「道教」です。このうちの道教は土着的な宗教で、その起源は三大宗教のなかでも最も古いものと思われます。

道教は「道(タオ)」の思想として知られ、道(タオ)とは天地自然を動かしている宇宙の原理に人間の人生、現実の生活が即応し一体となることを良しとするものです。そこに、天地万物の物事の根源と関係性を示す「陰陽五行思想」も取り入れられて行きます。日本にも陰陽五行思想と道教は古くから伝わり、独自の発展を遂げて陰陽師の「陰陽道」へとつながって行くのです。

さてこの道教には、「元始天尊」という最高神をはじめ多くの神様がいます。そのなかに「真武大帝」という名の神様がいるのですが、この真武大帝こそが北極星の「北辰妙見信仰」と「四神」のうち北方の宇宙を司る「玄武(げんぶ)」につながるのです。

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天界の武神へと出世する玄武

真武大帝は、道教の聖地のひとつである中国湖北省の武当山で修行をし、やがて神仙となって天に昇ったという、道教でトップクラスの神様です。実はこの真武大帝とは、四神の玄武と同じとされているのです。

玄武はもとは「玄冥」という名前でしたが、道教においてはやがて北極星が神格化した「北極紫微大帝(北斗真君)」の四大神将のひとつになります。つまり、方位を司る霊獣の四神からひとり離れ、天上の将軍となるわけです。北極紫微大帝は最高神の元始天尊の第5の化身とされ、天界の支配神で事実上の最高神である「玉皇大帝」の命により、自然界の様々な現象やすべての鬼神を統治する神様ですから、玄武は武神となってその支配下に収まったわけです。

その後、北辰信仰や北極星への崇拝が高まると玄武の地位は上がり、宋の時代(960年から1279年)には真武大帝となって、明の時代(1368年から1644年)になると「玄天上帝」という位に就いて最高位の武神となるのです。

 

真武大帝は中華圏でとてもポピュラーな神様

真武大帝は、中華圏では誰もがよく知るポピュラーな神様で、中国や台湾の各地には廟があり、ベトナムでも祀られているそうです。

真武大帝=玄天上帝の像は、ざんばら髪に裸足の足で主に黒っぽい衣装を身に着け、手には七星剣を持ち足下には亀と蛇が絡まる玄武がいます。時にはその玄武を踏みつけていたりもします。七星剣は、道教の思想に基づき北斗七星が意匠された剣で、破邪と鎮護の力が宿っています。足下に亀蛇がいるのは、霊獣の玄武が人格神化されて真武大帝になったことを表しているのかと思いますが、踏みつけている場合はなぜなのかはわかりません。

このように中国の道教では、玄武は真武大帝として神様になっていくのですが、それでは北辰妙見信仰へはどのようにつながって行くのでしょうか。

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