霊感とは何なのか。明治時代には心霊の概念があった!
一般的に言われる「霊感」で感じるものに、「心霊」という言葉があります。心霊現象や心霊スポットという風な表現でよく使いますね。この心霊というのは、明治時代から使われ出した言葉なのだそうです。
心霊は神の霊(みたま)だった
もともと心霊は「神霊」と書いて、つまりは「神」の「霊(みたま)」ということ。神様の御霊や霊験であり、また人が死んで神となったことを言います。別の記事で書きましたが、古代からの日本人には人間や動物はもとより、自然界のあらゆるものから人間が造り出したものまで、すべての「もの」には霊魂が宿っていて、その霊魂が集まると神になる、という考え方がありました。
霊魂の「霊」とは神的なものや身体の中にある心そのものであり、「魂」とは精神を司る精気のことです。つまり神霊あるいは心霊とは、実は気高い精神や心ということで、別に怖い幽霊という意味ではないのです。
明治時代になると、そこにないものを写真に写す念写の実験が行われました。その際、「精神でなせる写真」という意味合いで「心霊写真」と呼んだのが、後に幽霊のトリック写真が流行してこの言葉が使われ、心霊は幽霊のことであるというのが定着したのだそうです。
一般に考えられている霊感とは
このように霊にまつわる言葉は、どうも明治以降になって怖い幽霊と結びついて行ったようなのですが、おそらくは霊感という言葉に幽霊を感じるといった意味合いが強くなるのもそうなのではないかと思われます。
それでは、霊感とはいったい何なのでしょうか。
いまの私たちが共通して認識していたり、いろいろな人が書いている内容からまとめると、
・その感覚は、実際に霊(幽霊)や霊的なものが見えるまでには至らず、あくまで感じるもの。
・霊感は気分的な感覚のほか、身体的な感覚でも感じ、金縛りはそのひとつである。
・そのほかにも、音や匂いなどで感じることもある。
・霊(幽霊)を感じる以外にも、相手の心情や心のあり様などが直感的にわかるのも霊感の一種である。
・ 何かの解決方法や危機の察知、過去・未来の状況などが、ひらめきや肌で感じるのも霊感である。
だいたいは、このようなことでしょうか。
霊的な感性を磨くということ
霊感は、本来は誰もが持っている霊的な感性で、それが強いか弱いかで霊感がある、ないという風に表れて来ると言う人もいます。また、霊感がない弱いという人は、霊的な感性を鈍化させるような生活や心のあり様をしている人で、それをあらためて霊的な感性を高めれば、霊感もある程度強まるということも言われています。
幽霊を感じることができるのかどうかはわかりませんが、心を清らかに感覚や感性を磨き研ぎすますことによって、身の回りのすべてのものに宿る霊性の気配を感じるというのは、実は古代から続く私たち日本人が持っていた考え方なのです。
そういった意味では、霊感と言うのはきわめて日本的な感覚なのかも知れません。