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古代の日本人と霊魂や霊的なもの。敬われる存在の霊や霊魂

霊感

私たちの遠い先祖である古代の日本人の回りには、霊や霊魂が宿った、あるいは八百万の神様とつながる「もの」がたくさんありました。

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いたるところに存在する「もの」と霊魂

「もの」とは、物質的な物というだけではありません。人間はもちろんのこと、けものから昆虫まで様々な生き物たち、花や樹木それらが集まった林や森などの植物、山や谷、川や池、大きな岩から石などの自然のもの、そして人間が造った道具や建物まで、ありとあらゆる「もの」には霊や霊魂が宿っていました。

 
自然のなかの霊魂は集まって神となり、雨を降らし風を吹かせ、時には大嵐を起こしたり地震で大地を揺るがしたりします。ですから、古代の日本人は自然を敬い、身の回りの様々な「もの」を大切にしました。そんな心は、現代の日本人にまで繋がっているのではないでしょうか。

 

日本人にとっての4つの霊魂

古代の日本人は、この自然や人間の身の回りにある「もの」たちに宿る霊魂を、4つの種類に分けました。これは神道に伝わる考え方ですが、その霊魂とは「荒魂(あらたま)」「和魂(にぎたま)」、そして和魂は「幸魂(さきたま)」「奇魂(くしたま)」に分けられます。幸魂も奇魂も、荒魂と和魂に並列してあるとされ、4種類の霊魂というわけです。

 
この4つの霊魂がどんなものかというと、荒魂は神の荒々しい怒りの側面で、災害や天変地異を起こし、疫病を流行らせるなどします。一方で人間に荒々しい心を呼び起こし、戦いや争いに駆り立て戦争を起こします。人間の勇気を奮い立たせるのも荒魂です。

 
一方で和魂は、大地を潤す雨や太陽の光など神の優しい側面で、人間に豊かさをもたらし人間を加護します。
幸魂は人間に幸運をもたらす霊魂で、収穫をもたらし運を良くして幸せを与えます。
奇魂はもっと具体的に、何かを成就する働きで人間に幸せをもたらします。

 
霊魂は自然のなかのあらゆる「もの」にあり、また当然に人間にもあるものですから、人の霊魂のなかにもこの4つがあって、荒魂は私たちの持つ「勇」を、和魂は「親」を、幸魂は「愛」を、奇魂は「智」を表しているという考え方もあります。

 

人間を護る善き霊魂

このようにあらゆる自然から人間につながる霊魂は、ときには神の怒りで荒ぶり災いをもたらすことはあっても、基本的には善いものであると古代の日本人は考えていました。そこには、一神教の世界のような悪魔や悪霊は存在しなかったようです。

 
たとえ人間が生きている間に過ちを犯しても、死んで肉体から霊魂が離れれば、すべての欲望や苦しみから解放されました。ですから、そうやって欲望や苦しみから解放された先祖の霊魂がチカラを合わせて現世に生きている人々を助けてくれるのです。日本人は古代からそういう祖先の霊魂を敬い、大切にしてきました。

 
ところが奈良時代から平安時代へと時代が下って行くと、怨みをもって祟りを起こす「怨霊」が出て来るのです。まさに恐ろしい霊魂が登場したのでした。

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