アラビア錬金術の象徴、ジャービル・イブン・ハイヤーンとは
アレキサンドリアの錬金術は、キリスト教ネストリウス派の東方遠征とともに、5世紀頃にはアラビア半島に伝えられました。その後錬金術は、アラビアの錬金術として、それまでとは異なる独自の発展を遂げていくのですが、この変化は、当時アラビア半島に起こった新たな考え方であるイスラム教の影響を、大きく受けたことと無関係ではありません。
錬金術本体と同じく、それを操る錬金術師も、アレキサンドリア時代のヘルメス・トリスメギストスやゾシモスらとは全く異なる個性を持つ錬金術師が登場しています。アラビアの錬金術師の代表的な人物のひとりに、ジャーベル(ジーベルと発音することもあります)が存在しています。
アラビア半島のイスラム国家とアラビアの錬金術
1世紀から2世紀頃、当時世界的な勢力を誇っていたローマ帝国に迫害されていたというユダヤの人々が、アラビア半島に移住しはじめたことが、アラビア半島(アラビア語で「ジャジーラ・アラブ」と呼ばれています)にイスラム国家が誕生するきっかけとなりました。
アラビア半島のほとんどは砂漠地帯となっていて、環境の厳しさが際立っているのですが、ローマ帝国と周辺諸国との海上貿易の中継点として、商業的な発展を遂げています。
その後6世紀になって、マッカの地にイスラム教の開祖であるムハンマド・イブン・アブドゥッラーフ(ムハンマドは、一般的にはモハメドとも発音されています)があらわれ、7世紀頃には、拠点をヤスリブに移して、初期イスラム教が定着していきます。
時を同じくして、アレキサンドリアの錬金術は、アラビアの錬金術としてユニークな発展を遂げることになります。アラビアの錬金術の象徴的な人物である、ジャービル・イブン・ハイヤーンは、そのさなかの721年頃に誕生しています。
イスラム世界の哲学者
ジャービルは、8世紀頃にアラビア半島で栄えた、アッバース朝におけるイスラム哲学者としての顔が知られていますが、一方で、化学や薬学、冶金学、天文学、占星学などにも精通し、伝説的錬金術師としての下地は、十分持っていたもの、と思われます。
思想的には、アレキサンドリア時代の錬金術を代表する錬金術師であるヘルメス・トリスメギストスや、古代ギリシャの賢者であるソクラテスやピタゴラスを敬愛していた、とされています。
ジャービルは、錬金術のみならず、非常に多彩な方面における業績を残したため、のちの中世ヨーロッパにおける錬金術の浸透に、多大な影響を与えたもの、と思われます。