パラケルスス~聖書と戦った錬金術師
西洋史の時代区分の中で、近代よりも前の時代で、古代よりも新しい時代を指す、中世という時代があります。一般的には、およそ5世紀頃から15世紀頃の西洋の時代が該当するのですが、中世ヨーロッパといえば、錬金術が非常に盛んであったことが知られています。15世紀に有名な錬金術師が複数誕生していますが、その中のひとりに、パラケルススという錬金術師がいます。
パラケルススの本名と肩書は?
パラケルススは、本名をテオフラストゥス・フォン・ホーエンハイムといい、1493年に生まれています。後年、本名として、フィリップス・アウレオールス・テオフラストゥス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイムという長い名前も広まりましたが、どちらが本当の名前であったのかは、よく知られていません。
パラケルススの肩書としては、医師をはじめとして、化学者、神秘思想家、悪魔使い、そして錬金術師などが伝承されています。なかでも錬金術師としての功績は大きく、後年には代表的な錬金術師のひとりとして数えられるようにまでなっています。
時代の主流の思想と戦ったパラケルスス
パラケルススは、当時のヨーロッパにおいて非常に型破りな思想を持つ人物として伝えられています。
中世ヨーロッパ当時は、スコラ哲学的な解釈が主流でした。スコラ哲学とは、12世紀頃に発祥した、カトリック教会に付属する学校を意味するスコラをもとに語られていた哲学で、最大のテーマがカトリックにおける「信仰と理性」であり、こんにちにおいてもみられる、カトリック信仰の根底にあるような、半ば普遍的な学問であり、宗教であり、哲学でした。
パラケルススのキャラクターを語るうえで、当時中世ヨーロッパで大流行した錬金術や、時代のベース思想であるスコラ哲学は、避けては通れないものです。パラケルススは、大仰にいうならば、「時代と戦っていた」ともいえます。
聖書ありきの議論に対抗?
スコラ哲学(またはもともとの意味である学校から、スコラ学ともいわれています)の考え方は、「読解」と「討議」というふたつの概念から成っています。
「読解」では、教師がとにかくテキストを説明し、反論の余地が与えられません。カトリックの学校なので、聖書をベースに繰り返し講義が行われていたもの、と考えられます。
次に「討議」なのですが、「通常討議」と「自由討議」というものがあり、前者は聖書の教えに沿って、あらかじめ決められた問答をおこなうというもので、後者は文字通り「自由な討議」をおこなう、といったものです。