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アレクサンドロス3世(アレキサンダー大王)とアレクサンドリアの大灯台

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紀元前2世紀頃の「驚嘆すべき建造物」を集めた世界の七不思議のひとつ、アレクサンドリアの大灯台は、紀元前305年頃に着工し、完成には20年の歳月を費やした、といわれています。この大灯台の建造のベースとなった都市、アレクサンドロスを開いたのが、時の王であるアレクサンドロス3世です。

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紀元前356年7月20日生まれ

記録によると、アレクサンドロス3世は、ギリシャで紀元前356年7月20日に誕生しています。ギリシャ神話の英雄であるヘーラクレース(日本では「ヘラクレス」といわれることが多いです)と、アキレウス(同「アキレス」)を祖先に持ち、生まれながらにギリシャの家系的栄誉を携えて誕生した、といわれています。紀元前700年頃から紀元前310年頃まで栄えていたアルゲアス朝の王で、別名アレクサンダー大王(「アレキサンダー大王」と表現されることもあります)と呼ばれ、キリスト教の旧約聖書をはじめ、イスラム教のコーラン、ペルシャ(現在のイラン)の「王書」といわれているシャー・ナーメ、ゾロアスター教の教典であるアヴェスターなど、さまざまな書物にその名が刻まれています。

 

父はプリッポス2世、母はオリュンピアス

父はヘーラクレースの血を引くプリッポス2世、母は古代ギリシャの地域であるエペイロスの王女オリュンピアスで、母はアキレウスの家系である、とされています。紀元前342年から紀元前340年には、マケドニア王国の著名な哲学者であるアリストテレスを家庭教師として迎えるほどの身分でした。アレクサンドロス3世は、後年「ピリッポス2世から生は受けたのだが、高貴な生き方は、アリストテレスから学んだ」とまで語るほど、アリストテレスを尊敬していたようです。このときアレクサンドロスと共にアリストテレスに学んだ学友達は、後年将軍となって、アレクサンドロスを支えました。

 

エジプトを征服してファラオに

アレクサンドロス3世は、ギリシャ南部への出兵を皮切りに連戦し、20歳の若さでマケドニア王国の王を継承します。その後小アジア地域やエジプトを次々と征服し、紀元前332年には、エジプトのファラオとしての称号も手にします。紀元前331年には、当時強大な戦力を誇っていたペルシア王国をも破り、さらにインド方面にまで進軍します。インドの主だった戦力を制圧したアレクサンドロス3世は、バビロン帰還後、地震の帝国をペルシア、マケドニア、ギリシアの3地域に再編して同君連合を作り、その権力を更に強固なものとします。こうして紀元前332年頃に、彼が建造した都市であるアレクサンドリアは、大灯台の建造が企画されるほどの大都市となったのです。

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カテゴリ: その他

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