河童は日本三大妖怪のひとつ。実は西洋でも有名?
日本には、およそ1,500種類以上の妖怪がいると言われています。
日本に生息する野生動物が哺乳類241種類、鳥類が約700種類、爬虫類97種類、両生類64種類で、合わせて約1,100種類ですから、それよりもずっと多い数の妖怪が人知れずに生息していたことになりますね。もっとも、現代の日本にどのぐらいの妖怪が棲んでいるのかは、誰も知りませんが。
日本三大妖怪は鬼・天狗・河童
そんな妖怪たちのなかでも「日本三大妖怪」とされるのが、「鬼」「天狗」そして「河童(かっぱ)」なのだそうです。この3つの妖怪は誰でもご存知ですよね。ちなみに「日本三大“悪”妖怪」というのも挙げられていて、「酒呑童子(鬼)」「崇徳上皇(大天狗)」「玉藻前(九尾の狐)」。
これは、都や日本を脅かすような存在として恐れられた、平安時代から中世にかけての妖怪たちですが、三大妖怪と三大“悪”妖怪を比べてみると、そう、“悪”のほうには河童がいないのです。つまり、河童はとてもポピュラーな存在なのですが、都や日本を脅かすような“悪”妖怪ではないのです。
実は新しい妖怪かも知れない河童
河童をポピュラーな存在にしたのは、呼び名は違っていても日本全国にその伝承があるからだと思われます。ですが、その起源はどうもはっきりとはしていません。
河童について最も古い記述があるのは、室町時代中期の「下学集(かがくしゅう)」(1444年成立)という国語辞書で、「獺(かわうそ)老いて河童(かはらう)に成る」とあります。「獺(かわうそ)」はあの泳ぎが得意なカワウソですが、日本にはニホンカワウソがかつては数多く生息していました。このカワウソが年老いて化けると河童になると言うのですね。「かはろう(川童)」はカッパの語源のひとつです。
カワウソもタヌキやキツネと同じように化けて妖怪になると言われており、水辺に棲むことから年老いて更に化けると河童になるとしたのかも知れません。
いずれにしろ、河童が文献に初めて登場するのが15世紀の室町時代中期ということですから、8世紀初めの「出雲国風土記」に初めて登場したとされる鬼(阿用郷の鬼)や「日本書紀」に記述された天狗と比べると、それまで口承では伝わっていたのかも知れませんが、遥かに新しい妖怪ということになります。
西洋に紹介された!?有名妖怪・河童
室町時代から戦国時代へと時代が移り世界は大航海時代、日本にはキリシタン宣教師をはじめとして多くの南蛮人がやって来ます。南蛮人とは主にポルトガル人のことですが、フランシスコ・ザビエルで有名な「イエズス会」では日本語の研究や辞書をまとめる事業も行っていて、世界で初めての「日葡辞書(にちほじしょ)」を1603年に発行しました。「葡」とは「葡萄牙(ポルトガル)」のことです。
この日葡辞書のなかに、なんと河童についての記述があり、「カワラゥ(河朗・河童):猿に似た一種の獣で、川の中に棲み、人間と同じような手足を持っているもの」と説明されています。当時日本にいたポルトガル人宣教師が、日本語のなかからこの河童という言葉を辞書のなかに採用したわけですから、やはりそれだけポピュラーな存在だったのかも知れません。もしかしたら河童が、西洋に紹介された初めての日本の妖怪だったのでしょうか。