『遠野物語』に登場する天狗伝説~民話のふるさと岩手・遠野の天狗
『遠野物語』という本をご存知の方も多いかと思います。また、もしこの本は知らなくても、岩手県の遠野が河童や座敷童など様ざまな妖怪や怪異にまつわる、民話のメッカともいうべき場所だということはご存知なのではないでしょうか。この遠野が広く知られるようになったきっかけが、明治時代に柳田國男氏(1875 – 1962)によって発表された『遠野物語』なのです。
この本には、遠野に伝わる民間伝承が119話まとめられていて、また続いて出された『遠野物語拾遺』には299話が収められています。登場する妖怪や神様は有名な河童や座敷童のほか、キツネや大蛇、山の神や沼の神、雪女や幽霊などなど。そしてもちろん天狗も登場します。
それでは、民話のふるさと・遠野に伝わる天狗伝説をいくつか、『遠野物語』からご紹介してみましょう。
鶏頭山の天狗に送ってもらった話
遠野三山のひとつ「早池峰山(はやちねさん)」は標高1,917mの、岩手県を中心に青森県と宮城県に広がる北上山地随一の高峰です。
この早池峰山は古くから山岳信仰が盛んであり、修験道の山伏もいたとされています。
『遠野物語』の第29段には、早池峰山の前にある「鶏頭山(標高1,445m)」に天狗が棲んでいたとあり、早池峰山に登る人は決してこの山は通らないとしています。山口のハネトという家の主人は若い時には乱暴者だったのですが、あるときに人と賭けをして鶏頭山に登り、無事帰って来ました。彼が語るには、頂上に大きな岩があって、そこに大男が3人いたというのです。近寄ると大男たちは振り返ってこちらを見たのですが、その眼の光はとても恐ろしいものでした。
「早池峰山に登ろうとして迷い込んだのです」というと、「それでは送り返してやろう」と麓まで一緒に来ましたが、眼をふさげと言われそのようにして立っていると、その大男たちはあっという間にいなくなってしまったということです。
天狗森の天狗と相撲を取った話
『遠野物語』の第90段には、天狗と相撲を取った男の話があります。
松崎村に天狗森という山がありました。そのふもとの桑畑で村のある若者が働いていましたが、眠くなり畑の畔(くろ/田畑の境の土を盛り上げたところ)で居眠りをしていると、顔が真っ赤のとても大きな男が現れました。この見慣れない大男が上から自分を見下ろしているのが気に食わず、若者は立ち上がって「おまえはどこから来たんだ」と言うと、大男は何も答えません。若者は普段から相撲が好きだったので、ひとつ突き飛ばしてやろうと飛びかかると、あっという間に自分の方が投げ飛ばされて気を失ってしまいました。そして夕方になって正気を取り戻すと、もうその大男はいなくなっていました。
その年の秋のこと。早池峰山に大勢の村人と一緒に萩を苅りに行ったのですが、さて帰ろうとするとこの若者だけ見当たりません。どうしたのかと村人が探すと、深い谷の奥で手足が抜き取られて死んでいたというのです。
どうもこの話は、天狗らしからぬ残忍な話なのですが、これも天狗の仕業として遠野物語では語られています。