氷河期の日本列島寸描。民族移動の動機は抑えきれない好奇心だった?
氷河期の日本列島はどのような状態にあったのでしょうか。
専門家とはいえない歴史の一学徒の立場で寸描してみます。
1. 日本にも氷河期があった
何であれ専門家と非専門家との間には、視座の違いと事物の核心を掴む能力に違いがあります。
後者の能力はその分野の基本的な事がらを満遍なく理解し思考することによって得られます。
非専門家はある点では専門家に匹敵する力があるかも知れませんが、満遍なくという点では穴が幾つもあるのです。
国の政策を例にすれば、国会では実施の是非と実施手順の大枠を法律案として審議します。どの視座で何を核心とするかが問題です。
右でまずかったので左に変える程度では困ります。内閣を頂点とする行政機関では法律の施工方法を設計し実施しに移します。
実施の視点から核心を把握しなければなりません。
新しい施策ほど実施に困難が伴うし様々な問題も発生します。近年ずっと問題にされてきた国民年金制度、介護保険制度、健康保険制度などはその好例です。
日本の古代を考える場合も視座をどこに置くかが問題になります。
着目する時代に視座を移す必要があります。本稿では氷河期の日本列島に視座を移して見ましょう。
2. 氷河期の日本列島
(1) 現在の日本列島は四周を海に囲まれた島国です。
本州島のほか、北海道、四国、九州島、奄美列島などの島々からなります。
(2) 氷河期の最盛期には海水面が現在より100メートルほど低かったようです。
海水面の低下を海退、海水面の上昇を海進とも言います。一説では、50メートルほどの海進が長期間続いたあと、紀元前11,000年頃に一挙に50メートルも高くなったようです。
(3) 一口に氷河期と言っても寒さは一定ではなく比較的暖かい期間もあったようです。
また、地域によっても寒さの程度は違います。なお、2万数千年前は特に寒さが厳しかったようです。
2.1 約2万年以上前
(1) 氷河期でも特に寒さの激しい時期には列島は大陸と陸続きになっており、大陸の日本半島と言うにふさわしい状態だったようです。
(2) 日本海は大きな湖で黒潮は日本海には入ってこなかったか、入っても僅かで気候には影響しない程度だったようです。
(3) 朝鮮半島とは陸続きに近い状態だったようです。
(4) 樺太、北海道、本州、四国、九州などは陸続きでした。
(5) 北海道と本州間は海で隔てられていた可能性もあります。しかし冬期には凍る時期もあったとする説もあります。
(6) 黄海や渤海は陸となり朝鮮半島は大陸の一部でした。
(7) 沖縄諸島や奄美列島は台湾と陸続きでした。
(8) 鹿児島湾の近くで大きな火山の爆発があり北陸から関東にまで火山灰を降らせたようです。
2.2 約1.8万年前
この時期に朝鮮半島と日本列島の間に海峡ができたようです。
この時期の初期には黒潮は日本海に流入しなかったようですが、時間の経過と共に暖流の流入が進み、日本海の水温が上がって植生に影響したと考えられます。
2.3 氷河期の終焉
(1) 紀元前1.1万年頃に氷河期が突然終わります。九州、四国、本州、北海道が海で隔てられます。当然のことですが瀬戸内海が生まれて四国が島になります。
(2) 日本海には暖流の黒潮が流入し、植生も大きく変化します。日本海沿岸は暖流の影響で温暖化が進み森が成長します。関東平野は海進が進みます。
(3) 地球は変動期にありますから、これ以降の時期も小規模な寒暖の変化は当然考えられます。
3. 大型動物の移動
細石刃石器はシベリアと日本だけで発見される独特の石器です。大型動物を追って長距離の移動を可能にする貴重な道具でした。
3.1 マンモスと人類の南下
疎林の間に草原が広がるアフリカのサバンナのような場所(オープン・ウッドランド)が氷河期のシベリアには広く分布していたようです。
オープン・ウッドランドではマンモスなどの大型動物が成育するのに適した場所でした。
氷河期でも最も寒さの厳しかった時期にはこのオープン・ウッドランドが縮小するだけでなく日本列島北部を含む大陸の南東に偏在するようになりました。
南下するオープン・ウッドランドと共にマンモスも南下し、それを追った人類の一部が日本列島にも移動したようです。
なお、マンモスの絶滅はこのオープン・ウッドランドの消滅によるという説と、人類が狩り尽くしたという説があります。
3.2 シベリア以外の地からの日本列島への移動
現在の沖縄諸島や朝鮮半島は氷河時代でも氷で覆われてはいません。海水面は低く陸続きになっているので列島への移動は容易です。
しかし、移動の動機は何だったのでしょう。
食生活の向上で人口が増加し群から離れて旅立つことは考えられます。争乱を避けるための移動はこの時期にあり得たでしょうか。
移動の最大の理由は人類のもつ未知への好奇心だったと私は考えています。
考察の余地はまだまだあります!
本稿では氷河期の日本列島の様子を寸描しました。
人の居住を拒絶する極寒の地と思っていたシベリアには、大型動物の生息可能な地帯が広く分布していた時期があったようです。
そこにいた人類は細石刃石器という優れた道具を作り出して気候の変化に対応したのです。
なお、温暖化による海水面の上昇期の日本海沿岸地域の環境変化にも注意を向けねばなりません。日本列島の歴史を学ぶうえで日本海が存在することの価値は無視できません。
それにしても、日本海や瀬戸内海への海水の流入、平地での河川の成長、森林の成長などに古代の人々はどう対処したのでしょうか。