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エクトプラズムの第一人者エヴァ・カリエール

エクトプラズム

謎の物質「エクトプラズム(ectplasm)」で「全身物理化現象」を出現させたエヴァ・カリエールは、史上最も優れた物理霊媒として19世紀末から20世紀初頭にかけて多くの科学者や心霊研究家によって実験や研究の対象となった女性です。

本名はマルテ・ベローといい、一般にはエヴァ・Cという名前で知られています。物理霊媒というのは、特別の能力がない人にも見たり聞いたりすることのできる、物理的な心霊現象を起こす能力を持った霊媒のことです。
それでは彼女が出現させた物質化現象とは、どのようなものだったのでしょうか。

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リシェを驚愕させたエクトプラズム現象

エヴァ・カリエールは1890年アルジェリア生まれのフランス人。父はフランス陸軍の将校で、当時のアルジェリアは北アフリカにあるフランスの植民地でした。

エクトプラズムの命名者であり1913年にノーベル生理学・医学賞を受賞したフランス人生理学者のシャルル・ロベール・リシェは、1905年にアルジェリアを訪れ、アルジェリア駐屯フランス軍のノエル将軍の屋敷で開かれた交霊会に参加しました。このとき霊媒を務めたのがエヴァでした。

リシェはこの交霊会で、驚くべき現象を見ることになります。それは初めてエクトプラズムを目の当たりにするものでした。

カーテンの前の床に白いハンカチを広げたような白色の塊が現れ、見る見るうちにそれは盛り上がって人間の頭部を形作ったのです。そしてさらには数秒後に、その頭部を支える身体が床から真っ直ぐ伸びて行き、マントを着た小柄な男性の姿が出現します。

その男はカーテンの前を2、3歩、歩いたかと思うと、まるで落とし穴にでも落ちたように一瞬にして床に身体が沈み込み、そしてその姿は消えてしまったのでした。

 

 

エヴァのエクトプラズムは本物だったのか

まさに衝撃的な心霊現象をリシェの目の前に出現させたエヴァ・カリエールは、その後フランスに移住し、心霊研究家のジュリエット・ビッソンの養女となり、ドイツ人精神科医で心霊現象の科学的研究を行うアルベルト・フォン・シュレンク=ノッチング男爵の被験者として1909年から4年間にわたって数多くの実験を行いました。

そしてこれらの長期にわたる実験により、エクトプラズムから人間の姿が形作られる物質化現象の過程が観察・記録され、また数百枚の写真が撮影されるなど、エクトプラズムの本格的研究がスタートします。

エヴァを霊媒とした研究は続く

その後はフランスの心霊研究家ギュスターヴ・ジュレを中心とした研究グループによって、エヴァを霊媒とした実験が行われました。
また1917年12月から翌年の1918年3月にかけて繰り返し行われた実験では、国立パリ病院院長のM・カルメットやソルボンヌ大学生理学教授のジュール・コーティエなど高名な医師や科学者が立会人として参加し、多くのエクトプラズム現象を写した写真が撮影されました。

これらの実験では実験前にエヴァの身体の隅々まで検査され、とても厳密な条件化で行われましたが、それでも一方ではインチキではないかという批判も多くありました。

実際に、1905年の交霊会でアルジェリアのアルジェで300年以上前に死んだというビエン・ボアという名前のバラモン(バラモン教やヒンドゥー教の司祭)のインド人を物質化したという現象は、その1年後に実はアラブ人の御者があご髭をつけてマントと帽子を身にまとい演技していたと暴露されます。またイギリスの心霊現象研究協会の調査では、エヴァのエクトプラズムの正体は紙でつくられたものだという調査結果も出されました。
これらの批判や論争は、その真偽がわからないまま彼女の死によって終わったのでした。

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