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ドラマ・漫画でも大人気!陰陽師安倍晴明伝説

安倍晴明

平安時代に活躍した貴族の1人である、安倍晴明の名前は、夢枕獏の著作『陰陽師』に端を発する空前絶後の陰陽師ブームが巻き起こった影響で現代人にも大変有名です。

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安倍晴明伝説・・・の前に、基本情報!

当時は奈良時代以来の貴族だけが官位を持っている身分社会の中で、安倍晴明は、播磨守(従四位下)という位を与えられ陰陽寮に住んでいたました。
時の最高権力者で上級貴族だった藤原道長や、その娘婿の懐仁(一条帝)などに可愛がられ、式神を操って政敵から守ったといった類の寓話は枚挙に暇がありません。
ただの風流なおじさんとも思われがちな安倍晴明ですが、占いで身を立てた中流貴族にして、家柄を平安時代の貴族政治隆盛の中で代襲貴族の確立させるという、異例の立身出世を遂げた大人物なのです。
占いによって、地位もお金も手に入れた占い界のスターですね!

 

安倍晴明にも下積み時代があった

安倍晴明は占いに秀でていたといいますが、幼少の頃、鬼の姿を見つけることができたために、既に陰陽師の大家だった中流貴族陰陽師である賀茂忠行と賀茂保憲父子から、陰陽道のすべてを注ぎ込まれたのだそうです。
最初からスターだったわけではなく、先人に学び、努力した結果、呪術に長け、式神を操ってとばし、呪殺までできるようになったのですね。

 

安倍晴明は博士の称号も持っています

早いうちから天文博士から天文道を学んでもいて、それが天暦(村上)帝などの目にとまり、天暦帝から占いを命ぜられることになりました。
そして、占いの才能を認められ、それがゆえに天文博士にまで昇進しました。
59歳の時、安倍晴明は、当時の東宮で次の天皇位を狙う野心家の皇太子師貞親王(後の花山院)の命令により、なんと紀伊国の那智山の天狗を封ずる儀式などを行いました。
政治的要求であるにも関わらず、占いや儀式、式神や天狗など想像上の生物が勢ぞろいしたのだとか。

 

 

安倍晴明ファンは現代にも多い

鏡物と呼ばれる巻物の1つであり、藤原道長を精華とする貴族政治の華やかな頃を描いたノンフィクションの『大鏡』などにも、安倍晴明の不思議なエピソードは活写されています。
当時の陰陽師が使ったと言われているのが、式盤といわれる方位と北斗七星、卦等が描きこまれていたツールなのです。また陰陽師は筮竹を使用した占いも行っていました。筮竹は卜占の易占で使われるものです。
式盤を使用した占いを式占といっていました。式占の1つで今も知られる占いの種類に、六壬式占があります。安倍晴明が記したという『占事略決』は六壬式占の解説書として有名です。
19世紀に一旦迷信として廃止された占いですが、今も陰陽師を名乗る使い手がいて、話題をさらっています。
陰陽師ファンには耳寄りな情報ですね。

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カテゴリ: 占い

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